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今月の民話(2018年10月)

経験したことのない暑い夏がすぎ、少し肌寒い風の吹く10月になりました。洋服はもちろん 長袖、少し暖かいものを身に着けたくなるこのごろです。

  それにしても今年は災害が多い年です。
7月は西日本豪雨災害が発生し、その後の復興もまだの9月6日北海道 で震度7という経験したことのない地震が発生し、山が崩れ 家屋が多数倒壊する惨事がたて続けにおきています。
  後20年あるかしらという自分の生涯を、何事もなく終わりたいと 願ってしまいます。

   さて、今月のむかーしむかしのお話は、「死人とめおと」「船賃の名号」というお話です。

「死人のめおと

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  10月は神無月といって日本中の神様は出雲に集まって人間の縁組 を決めなさるといわれます。
   それで出雲は神在月(かみありづき)で出雲以外の地は神無月となっています。
さて、出雲大社に集まった神様たちは木の札にそれぞれ 男女の名前を書き、相談してカップルを決めた後、 男女の札を結びつけて「縁結び」をしたといわれます。
考えてみると神様の支持があって夫婦が誕生し家をもち、 子供も授かったと思うと、何かしら不思議な神の力が 働いていたという・・・・・神秘的な気持ちになります。

   出雲では神在祭の時「神在餅(じんざいもち)」を作ってもてなしていました。 その「じんざい」が出雲弁でなまって「ずんざい」となり、
さらに「ぜんざい」となって京都に伝わったといわれています。
ぜんざい発祥の地が出雲であったとはご存知でしたか。

    さあ「死人とめろおと」を聞いて下さい。

「船賃の名号

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    1207年、親鸞聖人が越後居多ヶ浜へ念仏弾圧を受けて流罪と なります。「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも 極楽往生できるという法然の浄土教の教えは、民衆の間に浸透 し、朝廷や貴族の間にも熱心な信者が出始めると既存の宗教、 教祖が反発。折を見て弾圧をしようとします。
   そんな折り、往連房と安楽房が開いた念仏集会に御所の女房、鈴虫、 松虫が参加したことに朝廷が激怒。 念仏弾圧が発せられて親鸞聖人は越後居ヶ浜へ、法然上人は 四国土佐へ流されることになりました。
  この時、親鸞聖人は二人の弟子を連れて京都から流罪の地 越後居多ヶ浜に向かって旅をなされます。 その旅の途中、難所といわれる姫川にさしかかり、この「船賃 の名号」の逸話が生まれます。
   北陸街道を歩き越後に入っての難所は先ず、親不知です。 海辺の道が街道です。波の辛い時には波間を見計らって 岩穴から岩穴へと走りこまねばなりません。
  親鸞聖人が"さて"と困っていると、助け人が現われ、 無事難所を抜けて次は姫川ということです。

  ここでも親鸞聖人の人柄と、機転が船頭の心を解き、無事、 姫川を渡ることができました。

   さあ、船賃の名号のお話聞いて下さい。

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今月の民話(2018年1月)

新年あけましておめでとうございます。今年もいい年でありますようお祈り申し上げます。
  新しい年を迎え、何か新しいこと、今年こそは達成しなくっちゃという目標がいくつかうかびます。   私の場合、

  1. 不要なものを捨てる 
  2. 行きたい所へ行く、温泉旅行 
  3. ゆっくり本を読む

というところです。

   今年も初心忘れず、目標忘れずガンバリたいと思います。民話もみてくださいね。


    さて、今月のお話は「黄金のかめ」「死人とめおと」というお話です。

「黄金のカメ

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  もしも予期しない大金が目の前にドーーンとおかれたら、「さて、どうしましょう」 現在ならすぐに銀行に預けるか遠い将来のことを思って金の延べ棒を買うか・・・・
   それともいろいろ想像してしまいますが、これは昔昔のこと。
   かめの中にピカピカ光る黄金がどっさり入っていたら、兄弟にも教えて 大判小判を分けてやろうか。それともだまっていて知らん顔をして 独り占めしようか?

    いろいいろの案が頭をよぎります。 黄金の入ったかめを偶然みつけた男は急に欲が出て、1人占めしようと決めてしまいます。
   嬉しくって嬉しくって仕方ありません。にんまり笑ってかめの埋まっていた畑を自分に くれと頼みます。
 

  「何んで?」と家族が聞いても、畑をくれと言い張ります。さて、続きを聞いて下さい。

「死人のめおと

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   年頃になると決まったことのように素直に結婚する人が多いし、世間の目も結婚することが 当然ととらえています。
   でも離婚する人の多いこと。近所でも知り合いにも「離婚した」という人が大勢います。
  一昔前、離婚は恥ずかしいこと。
   一度結婚したらそい続けることが当然といつた意識が薄らいでいます。
「我慢することはない。嫌だったら戻っておいで」の意識が今の親の気持ちのようで、 離婚に拍車をかけているともいわれます。

  少子化が進んで子供はせいぜい二人。親もゆとりがあり、度戻った娘を困ることなく 受け入れます。子供が一緒なら「家を継いでくれてなお結婚!」と親も「困ったもんだ」 と口ではいいながら「それも悪うない」と嬉し顔。
人が結婚するのは、子孫を増やすため、人間として成長するため、といわれます。 人間として成長するため、といわれると成程と納得がいきます。

  1. 異性を知り 
  2. 子を育て 
  3. 職場で仕事をし 
  4. いろいろな局面をくぐりぬけ 
  5. 夫婦としてチームを作り歩んで行く。

  死人とめおとの男はいずもの神様に死人とめおとになるよう決められてしまいます。
  「何でじゃ」男はガッカリして山道を走り、野原を走って、娘の葬式に出かけていきます。 かんおけの中の娘の美しいこと!

   さあ、この夫婦の縁はどうなるでしょう。お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2017年9月)

  いよいよ秋、風も何となくさわやかになってきました。秋はおいしい果物の出番です。
柿、桃、ぶどう、その内りんごも出回ります。おいしくってつい食べ過ぎてしまいそうです。 腹も身の内、程ほどに食べて味覚を楽しみたいと思います。

   さて、今月のむかーしむかしのお話は、「波切り不動尊」と「小僧の花切り」です。

「波切り不動尊

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 戦国時代の武将 上杉謙信には数々の逸話が残されています。生涯妻をもたず、思慮深く 勇ましい謙信は過去に生きただけではなく、平成の現代も親しみ深い存在として認識され 続けています。
  "えっ何が"といわれそうですが、糸魚川には五つの酒蔵があります。

  1. 根知の男山酒蔵
  2. 加賀の井酒蔵
  3. 田原酒蔵
  4. 月不知の池酒蔵
  5. 謙信の酒名 池田屋酒蔵

という訳です。   川中島合戦の折り 敵将 武田信玄に上杉謙信が塩を送ったという美談の地、「塩の道」 基点近くに池田屋酒蔵があり、酒名は謙信です。1812年創業とありますので、200年余 の歴史を刻む酒蔵です。
  今回の民話の波切不動尊は船の先に不動尊を鎮座させ、旅の安全と戦勝を祈っていた 謙信に不動尊が浦本の寺 禅雄寺へ行きたいと告げた・・・・・というのです。
  謙信の信仰心あつきが故のおつげであったように思われます。

  さあ、お話を聞いてください。

  • 「小僧の花切り

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       話のタイトルから想像できるように、和尚にいわれて小僧が山へ花をとりに行って、 夜になってしまいます。帰りたいけどもう陽が落ちてあたりは暗くなってしまい、 どうしようかと思案して、山姥の住む家の戸をたたいてしまいます。
      「おれに抱かれてねれば泊めてやる」ばあちゃの正体は勿論山姥。小僧はばあちゃに抱かれて ねてはみるもののおかしい?
    ばあちゃの背中はさめのようにトゲトゲ ザラザラしているのです。
    ということで小僧は「小便をしたい」といって便所へ行こうとするとすかさずばあちゃの 山姥はひもを小僧に結び付けます。
      小さな小僧と山姥の知恵くらべといった展開となります。

      山姥は山の神ともいわれる良い山姥と、人間を食べてしまうという残虐な山姥がいますが、 ここに登場する山姥は残虐な山姥です。
      山姥は山の神ともいわれ山の守り人という前任で神とも崇める山姥もいる一方、残酷な行い をする山姥もいるということです。

      昔、ある年齢になると年寄りを山に捨てたといわれています。つまり姥捨です。
    でも年寄りにも体力、健康の相違があります。丈夫なおばあさんは生き延びます。
    山の中で木の実を食べ、葉っぱを食べ時には動物を射止めて山の生活を送る それが山姥という説もあります。
      小僧は和尚にもらったお札に助けられながら山姥から逃げ出し、最後は めでたしめでたしでこのお話は終わります。

       さあ、お話を聞いて下さい。

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    今月の民話(2017年8月)

    暑ーーい夏がやってきました。八月は都会で暮らす子供達がお盆に帰ってくるので何となく きぜわしい人達が多いように思います。賑やかになるのは嬉しいけれど、一人や二人住まいの 家がドッと増えて、洗濯、そうじ、何より食事が、風呂がとぼやくお年寄りの声が聞こえて きそうです。
    でも久しぶりの子や孫に会うのは嬉しいこと!楽しいお盆を家族揃って迎えたいものです。


       さて、今月紹介するむかーしむかしのお話は、「みるなのくらとモロ」「カッパの話」です。

    「みるなのくらとモロ

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       題名のみるなのくらはわかるけれど、モロはさて何だろうと疑問ですよね。モロは餅を入れて おく箱のことをいいます。
      みてはいけないと念を押されるとみてみたいという気持ちが起きます。少し位、ちょっとだけ・・・
    きっとわかりはしないだろうとみないと約束したのに約束を破ってしまいます。

      このお話は、東日本に分布する昔話で地方によつて少しずつ内容が異なっています。
      でもこの話少し"ドキッ"とします。 近所の人が集まってお茶を飲みながら世間話に花を咲かせて 「内緒よ、誰にもいっちゃいけないよ」と前置きしてヒソヒソ・・・しかしこの話、黙っていられなくて、 別の友達に「内緒よ・・・」と教えてしまうこと日常茶飯事とばかり行われているように思います。

      「いわない、みない」と約束したら守りなさいと改めて「うん、成程」と納得しました。

       さあ、お話を聞いてください。

    「カッパの話

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        カッパの話は全国の川や海にありますが、本当は架空の動物です。
      頭に皿があって手や足に水かきがあり、背中にはカメのような甲羅があります。皿は常に水にぬれていて、 乾くと元気をなくします。
       好物はきゅーり。子供の様な体格をしていて何とはなしにあいきょうがあります。
       私の住む糸魚川にもカッパの話が幾つかあって共通しているのは、いたずらをしようとして腕が抜け落ちて しまい、腕を持ち去った男のもとへ行って涙を流して「腕ほ返して下さい。お願いです。」と頼みます。
      男はかわいそうになり「いたずらしないことを約束せよ」といって腕を返してやります。
    さて、腕を返してもらったカッパは大喜びして魚をもってきたり、アイスという妙薬等をくれます。とても義理堅い 性格に描かれています。
      カッパの伝承をする家に実際にアイス(ニワトコ草)があり、カッパが災害から家を守ってくれ、そこの家だけは 普段の安定した日常があるとしめくくられています。
       誰があのカッパを登場させたんだろう・・・・・と思ってしまいます。
      天狗のような様相で空はとべないけれど、水の中は"スイスイ"人間の言葉も話せて、どことなく憎めない。
      カッパのことを考えていると思わず"ニヤリ"と笑ってします。
      子供達の夢を育む動物としてカッパが、昔話やフィクションに登場しているんでしょうね。

       さあ、お話を聞いて下さい。

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    今月の民話(2017年6月)

      冬が終わって桜が咲いてレンギョウ、チューリップ、ツツジ、モクレンとつぎつぎ咲く花 を楽しんでいたらもう六月 梅雨の季節になりました。梅雨にいあうのがあじさい。
      花は次々に移ろい、次の花へとバトンタッチして行きます。その季節、時季の花は 私達の目を楽しませ、生きている喜びと幸せを与えてくれます。
    思わず笑顔がこぼれます。

       さあ、今月のむかーしむかしのお話は、「食わず嫁さ」「上がり岩」のお話です。


    「食わず嫁さ」

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        このお話、全国にあるお話です。タイトルを聞いただけで話の内容が何となく想像できます。
      「飯を食べない嫁がいる」という設定で話がはじまります。考えてみてください。
    食べ物を食べないで生きていける訳がありません。食べ物を食べないで働ける訳がありません。
      このお話は田舎の村に口から口へと伝承されたお話です。
       白いお米がいっぱい食べたい。村の男達はいつも「腹いっぱい飯が食べたいな」 年頃の男は「嫁さもらいたいな」といつも思っていました。

      そこへ夢みたいな話がもちこまれます。
      見知らぬばあさんがきれいな娘を連れてきて、「飯を食わない嫁じゃ、もらえ」若者はびっくり!
      「嫁さもらって飯食われりゃ、たんとない米が減ってします。大損だ!
         飯を食わない嫁だと! そりゃびっくり。本当じゃろうか」

       若者は半信半疑!
        本音は嫁さが欲しくてたまらない・・・・・・若者は嫁さをもらうことにしました。

       さあ、嫁さは本当に飯を食わなかったのかしら? 正体は何だったのかな?

       さあ、お話を聞いてください。

    「上がり岩」

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       上がり岩は能生の小泊に伝わるお話です。
      小泊の護岸のへりに畳二畳程もある平べったい石があって、立て札に「上がり岩」と記してあります。
      私にとって、「上がり岩」は忘れられないお話です。
    当時高視聴率であった「まんが日本昔ばなし」に最初に採用されたお話だったのです。

      採用の通知があった時はびっくり仰天!
        「あれっ本当かしら」と何度も通知の紙を読み返しました。
    そして放映の日をこどもじゃないけれど指折り数えていました。時が過ぎ放映の時間を持つ間の長いこと、 あと少し、あと少しと待ったことが思い出されます。

        それにしてもあのアニメ、うまくできていますよね。
       悪者も心から憎めない顔をしているし、ドキドキハラハラしながら画面に見入ってしまいます。
       そして、市原悦子と常田富士男さんの声の使い分けのすばらしいこと。

         「すごーーい」思わず感嘆の声をあげてしまいます。

       その常田富士男さんと糸魚川の市民会館とホテル糸魚川で一緒に民話を語らせてもらいました。私の記憶の宝物になっています。

       さて「上がり岩」の話ですが、網に入った金目鯛を逃がしてやった行為が治助を幸せへと導いてくれます。
       何の気なしに行った行為が、後々幸運の糸とつながるということですが、何の気なしの行為にみえるけれど、 それはその人の良い心が沢山あって、神様が「どれ助けてやろうか」と手を差しのべたように思います。

         さあ、お話を聞いて下さい。

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    今月の民話(2016年1月)

       新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよい年でありますように! 平成28年2月になりました。新しい年も一年健康で楽しく元気ハツラツ、平穏な日々が送れますよう神様に祈ったことと 存じます。
       「大黒様」という童謡がありますが、大黒様が左肩に背負う大きな袋には大判、小判がザクザク検討と知恵の素も入っているといわれます。
       元旦、大黒様に手を合わせ、お金に不自由なく健康で頭を使って楽しい28年としたいものです。

       さて、1月のむかーしむかしのお話は、「大町かんのん」「いたちの大男」というお話です。

    「大町かんのん」 糸魚川   

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        糸魚川の中心地に観音堂があります。通称「大町かんのん堂」と呼ばれています。
    掲げられた「観音堂」の額の文字は糸魚川の文人「相馬御風」の書です。
      とても便利なところにあるので集会所にはもってこいの所、各種打ち合わせや会議に便利に使われています。
    観世音菩薩は通称「観音さん」と呼ばれ、日本では親しみやすく、馴染みのある仏様です。
       観世音の「観」は心のことであり「音」とは私達以外の周りのことで、観音様のお心、お姿とは私達の理想とすべき心の様を体現しているといわれます。
    毎日の暮らしの中で「ありがたい」という感謝の心を持ち続けることが幸せへと続く道のように思えます。

      お話を聞いて下さい。

      「いたちの大男

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        イタチの中間にはオコジョ、イイズナ、ミンク、ニホンイタチなどがいます。
    細長い体、短い脚、長い尾が特徴で、夜行性で肉食、昆虫やネズミ、ウサギ、ニワトリもとってしまうちょっと嫌な 動物です。
       獲物に近づくときには、息をしないで、接近するといいます。イタチ科の特有に行動として、敵におそわれた時 悪臭を放つ。つまり「いたちの最後っ屁」をします。それは臭くて、たまらない悪臭だとか・・・・・。
       最近、町中や、住宅の密集しているところにも空家に住みついていたずらをするので大変迷惑な動物となっています。
      ハクビシンはジャコウネコ科で額から花にかけて白い線があり、やはり夜行性で夜、動き回ります。 木登りが得意で電線も歩き屋根裏に侵入して住みつきます。   実は我が家の屋根裏に入りこみ、深夜ダダダ~と音をたてて走りました。三日くらい続いて、たまらず若い大工 さんに来てもらって追い出してもらい、残したフンも始末してもらった経験があります。

      入り込んだ場所は土台の上の空気穴が破れていてそこから浸入。 空気穴の金具を全て取り替えてもらい、一応決着しましたが大散財。 近所の空家に何匹も住みついているらしい、ということでした。

      古い空家は早く取り壊して欲しいものです。いたちの大男、いたちは化けることもできるんですって!!

     
       お話を聞いて下さい!

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    今月の民話(2014年7月)

        梅雨が終わって夏真っ盛り。じりじり照りつける日射しが肌を焼きます。
    7月になると果物も賑やかになってきます。ぶどう、桃、さくらんぼ、スイカ、メロン、いちぢく
    色合いよろしくスーパーの店頭に並びます。
        ハウス栽培が日常化して季節の果物をいい当てられない果実が増えてきています。
        例えば、いちご、トマト、キュウリ、1年中手に入ります。そんなのいいのかな・・・なんて考えてしまいます。

      さて、今月の「むかーしむかし」のお話は、「みるなのくらともろ」「牛方山姥」のお話です。

    「みるなのくらともろ」 平岩

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       「みてはいけない」といわれると興味津々。だまっていてくれれば「そうも思わないのに」殊更、みてはいけないといわれると、
    みてみたくなります。
      「みてはいけない。わかったわね。」念を押されると「勿論みないさ」と約束するけれど、時間が経つと「何だろう?」
    疑問と興味が高まりつい「ちょっとだけ」ということになり秘密の扉を次々にあけてしまいます。
      その結果、内緒のつもりがばれてしまい手痛い仕打ちを受けたり、境遇が一変したりします。
      この「みるなとくらともろ」もそんなお話です。

      「みてはいけない」「わかったわね」念を押され「みない」と約束しますが、興味高まり、欲求についに負けてみてしまいます。
      結果、男は手に入れた安穏な日常を失いいつもの自分に戻ってしまいます。

      「みるなのくらともろ」を聞いて下さい。

    「牛方山姥」 根知

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        山姥は奥山に住む老女の妖怪。日本の妖怪で山に住み人を食べるといわれています。
    糸魚川から信州松本に向けて塩や塩魚、干魚が牛の背にのせて運ばれました。牛をあやつる牛方は最高で7頭の牛を操ったと言われます。
      夏の暑い日、松本に向けて歩く山道は清流が流れています。心地よい川の流れは水が澄みおいしい山の味がします。
      ところがこの清流に沿って人を刺すウルルが大発生して人や牛を刺すのです。
      ということでウルルの発生する夏の間、牛方は夜の道を牛の背に荷物をのせて歩きました。
      月明かりを頼りに夜の道を歩くのですから、度胸のいい牛方も実はおっかなびっくり。  ひょいと横からキツネやタヌキ、クマも出てきそうな気配がします。

      「なーになれたいつもの道さ」と自分に言い聞かせてもこわーい暗がりの道です。
      恐怖の心が牛方の中にひそんでいます。月明かりの道を歩きながら実は戦々恐々。
      髪をふり乱し口を大きくあけた山姥が「牛につけたヒダラをくれー」と登場します。  

      山姥はバクリバクリ、干ダラを食い、とうとう七頭の牛につけた干ダラを全部ペロリと平

    らげてしまい、次は牛方の「三十郎を食いたーい」とおいかけてきます。

      さあ、三十郎の運命はいかに・・・・

      お話を聞いて下さい。

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    今月の民話(2013年3月)

      3月になりました。もう安心。暖かな春がすぐそこに来ています。1月から日脚が伸びてきましたね。
    4月になったら桜が咲いて暗く長かった冬ともさようなら。いい季節が待っています。
    もう少し寒い日があるかも知れませんが、暖かな春の足音に耳をすませて待ちましょう。

        さあ今月のむかーしむかしのお話は「薬師様の銭かけ松」「かんぱの神様」というお話です。


    「薬師様の銭かけ松」 藤崎  

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      春になるとあっちの神社こちらのお寺で春祭りが行われます。このお話の薬師様の祭りは5月8日です。
    昔、江戸時代頃まで地域によっては男女の交際があまり認められていなく見合の形がとられました。
      見合いという言葉は「妻合わす」から来ているといわれ男性に妻となる女性を引き合わせるという意味合いをもっていました。
    当時の見合いは、女性の家で行われ、その場で男性が意思表示をする習わしがあったそうです。
      例えば相手の女性が運んできた茶菓子に男性がお茶を飲み、菓子を食べれば成功。男性が扇子などをおいて帰ることもOK。結婚の意思を表したとされます。ところが何も手を突けば扇子もおかずに変えれば不成功。
    でもね。昔々粋な計らいもあったのです。一年に一度の祭りは無礼講。境内で男の人が女の人に声をかけることもその反対もOK。
      若い男女の見合いの場でもあったのです。だから祭りは晴れでなくてはなりません。若い男女が心待ちにしている愛を告白する

      一年に一回のチャンスですからね。

      お話を聞いて下さい。

    「かんぱの神様」 糸魚川

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           私たちの住む新潟県糸魚川市周辺ではできもののことをカンパと呼びました。日常的にカンパと違和感もなく呼んで特に頭にできたできものを指していました。が、辞書を引くと「かんぱ」が見当たりません。ついでにパソコンで「カンパ」と打ったも反応なし。
    我等が地方の方言のようです。

      昔おできができて困ったものです。転んですり傷をした所がうんでカサブタのかぶったおできになったものです。
      今でこそ抗生物質の入ったいい薬があってすり傷なぞうまずに簡単になおってしまいますが、私が子供の頃昭和20~30年頃、子供達一人一人のどこかにカンパがあったものです。みんな痛がって民間療法でドクダミをもんで当てたり、つわぶきを火にあぶって傷口に当てたものです。昔々の話ですが、今また漢方薬として薬草がみなおされています。
    おだやかに効く漢方は体を痛めず、副作用もなく改めて価値が認められてきたということでしょう。
      3月になったとはいえ、まだまだ寒い日があります。
    体に気をつけて健康な毎日を送り、薬と無縁の日々を送りたいものです。

    • 健康は第一の富である。
    • 病気は千もあるが健康は一つしかない。

     健康で心躍るわくわくの春を迎えましょう。

       さあ、「かんぱの神様」の話聞いて下さい。

     

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    今月の民話(2012年7月)

     

    夏真っ盛り、7月に入りました。暑い日が続いてますが、節電に心がけていますか。
    緑のカーテンのコ゜ーヤをプランタに植えて、軒下から2階の窓に向かって育てている家をよくみかけます。
    涼しくて節電に寄与し、みため涼しく、しかもゴーヤの収穫ありとは何ともスバラシイ。
    拍手喝さいです。

      さあ、今月のむかーしむかしのお話は、「耕文寺ずもう」と「行人塚の話」です。

      「耕文寺ずもう」 西海

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       すもうの歴史は古く、古墳時代といわれます。
    又神話としては建御雷命(たけみかずちのみこと)と建御名方命(たけみかたのみこと)が互いの腕をつかんで投げ合ったといわれます。
       建御名方命は、大国主命と糸魚川地方をおさめていた奴奈川姫命の間に産まれた男子です。建御名方命は大和族に追われ、命だけは助けてやるがこの地(諏訪)を出てはならぬという約束のもと、諏訪にとどまり、諏訪神社の祭神としてまつられています。
      すもうは「土地ずもう」「草ずもう」ともよばれ、一般庶民の中で力のある人たちが祭りやお盆といった日に力を競い合いました。
    江戸時代になると職業としての力士が登場し大相撲が行われます。女ずもうも行われ昭和30年代まで女ずもうが存続したということです。

       さあ、血がさわぐすもうの話、聞いて下さい。

    「行人塚の話」 寺島

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        長野県白馬村のさのさかを源流とし、糸魚川から日本海に流れ込む川、姫川は約53キロメートルの水の旅を続けます。
      支流の小滝川流域からは緑色の宝石ヒスイを産します。
      古代ヒスイは呪詛に欠かせない神具として珍重されました。日本の北海道から沖縄までの遺跡から発見されたヒスイは全て糸魚川さんですが、実際に加工し、日本のあちこちに運ばれ呪詛の神具として使われたのは糸魚川さんと鑑定されています。さて、その一級河川の姫川は暴れ川として名高く、寺島一村を洪水で流したという記録が残っています。
       ある時、何日も雨が降り続き、姫川は”ゴオッ”と音をたてて流れ、もう少しで土堤をのりこえようとしていた。
       「さあどうしよう」「春から秋まで育てた稲があと少しで収穫の時季を迎えている」「さあどうしよう」村の衆が集まって相談している時、「人柱をたてたら」と小さくいう者があった。
    すると原という人が「私が人柱になろう」と名乗り出たという。村の衆は泣き泣き川端に穴をほって原氏を生き埋めにした。
        翌日、降り続いていた雨はピタリと止み陽がさんさんと注いだという話が語り継がれています。
      人柱は生きながらにして川や建築物の近くに埋められた人身御供です。

       行人塚の話、聞いて下さい。

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    今月の民話(2010年6月)

     梅雨の季節がやってきました。梅雨に似合う花は色が微妙に変化して楽しませてくれるあじさいです。今年も球状の素敵なあじさいの花、見事に咲いてほしいものです。

    さあ今月紹介するむかーしむかしのお話は、「かえるの嫁さ」と「かんぱの神様」というお話です。

    「かえるの嫁さ」(田伏)

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     化ける動物の代表は、狐、狸、狢、蛇といった所のように思えます。昔話の中に化ける動物の話はたくさんあります。

    「ツルの恩返し」「たにし女房」「狐と油あげ」「蛇のむこ入り」等が化ける代表的なお話です。昔話の中に化け物を扱った話に共通することがあります。

    それは、化けた正体が人に知れるともう絶対に化けられない本来の自分の姿に戻ってしまう、ということです。例えば、ツルの恩返しでツルが部屋を閉め切ってツルの姿で自分の羽を一本抜いてはハタを織っててるその姿を人間にみられてしまった時、ツルはもう化けることができなくなり、その場を去らねばならなくなります。
     せっかく手に入れた幸せも人間とくらした毎日もみんな投げ捨ててしまわねばなりません。

     化けることでタブーを犯してしまった動物の制裁なのかもしれません。
    さて、かえるの嫁さのお話、どう展開して行くのでしょう。かえるがドロンと人間に化けてだれかのお嫁さんになることがタイトルから想像がつきます。

    さあ聞いてみてください。かえるの花嫁のお話!!

     
    「かんぱの神様」(糸魚川)

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     現在の子供たちにかんぱって知っている?と聞くとほとんどの子供は知らないと首を横に振ります。昔々は薬が少なくて民間療法全盛時代。古来経験や発見で伝承されてきた方法で病気の治療がなされてきました。それは木や草を用いた指圧やきゅう、時には薬石であったりしました。
     現在なら(かんぱ)おできには抜群の効果をあらわす抗生物質が発見されていて、ちょっとつければたちまちなおってしまうという状況ですが、今から二百年前、そんな特効薬のような薬はありません。口から口へと伝えられてきた薬草や木がじんわり、ゆっくり病を治したと考えられます。
      さて今回のお話かんぱの神様はとってもユニークな話の展開をして行きます。
    本当かしらと首をひねりたくなりますが、伝承はきちんと尾張の国犬山城(現在の愛知県犬山市)を納める殿様のお話です。殿様の子、成瀬八郎は長男として生まれ、やがて城主となります。しかしこの八郎、武芸は苦手、戦も嫌い、その上名誉欲もなく、平凡にくらしたいものといつも思っていました。

     時は戦乱の世、幾度となく戦がおこり、八郎は心の中で決心します。「人には器というものがある。自分は城主の器ではない。勇猛で武芸の道を突き進む弟に家督をゆずり、城を出て平凡にくらしたい」八郎は心のうちを母、富美に告げます。すると母、富美は思いがけない言葉で八郎の気持を受け入れ、行動し、かんぱの神様の話が始まるのです。

    さあどうなるのでしょう。聞いてください。

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