今月の民話(2019年3月)

    3月になりました。もう安心!   あと一息で暖かい春がやってきます。3月には梅も咲いて4月になれば梅も咲きます。   春の祭りもやってきます。嬉しさに心が躍ります。   躍る心は木も路上の花も一緒です。

     さあ、今月のむかーしむかしのお話は、「原山のじぞう」「三階のくら」というお話です。

「原山のじぞうさん」

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      原山のじぞう様は高さ2メートル歩度るそれは大きなじぞうでこじんまりしたお堂に納められています。 このお堂、カギがあるのですが、朝方から夕方までいつも手を合わせることができます。 つまりカギがかかっていません。   原山に住む人達が管理してくれています。 このじぞう様の斜めの向かい側に老人ホーム美山の里があります。そこに入所している方が おまいりに訪れるのでしょうか・・・・・ 見舞いに来た人が訪れるのでしょうか。 とても手を合わせる人が多いのです。   そしてこの原山じぞうのもう一つの名は「お助けじぞう」です。 困ったことがあった時、人生の悲しい出来事が起こった時、手を合わせ、原山じぞうに祈る と願いがかなう、じぞう様が手を差し伸べてくれるといわれています。   長い人生、いろんなことがあります。気持ちが折れそうになることもあります。   でも希望を捨てず、ある時、神様やじぞう様を信じてみるのもいいと思います。    さあ、お話を聞いて下さい。

「3階のくら」

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     若い夫婦が結婚して、一番に欲しいもの授かりたいものは、かわいらしい赤ちゃんだと思います。 子供が大好きなのに赤ちゃんに恵まれない夫婦の方もたくさんおられます。   赤ちゃんの無心の笑顔は何にもかえがたい幸せを運んでくれます。   「赤ちゃんが欲しい」「赤ちゃんの笑顔に出合いたい」とずっと望み続けても授からず、 小さくてもいい、手のひらにのるほどの赤ちゃんでもいいどうか生まれてきてほしい・・・・ と思います。   この三階のくらのお話も、実は子供に恵まれなかった夫婦のお話です。 この善良な夫婦、ずっと長い間、自分の子供が欲しいと願って、何十年! とうとうおじいさんとおばあさんになってしまいました。   が、この願いをずっと祈り、実現するようにと思い続けています。 ずっと願い続け、神仏に祈っていると実現するんですね。本当からしらと思ってしまいますが、 夢の中に仏様が現れ、「おじいさんとおばあさんの長年の願いをかなえてくれます。   「やれうれしやありがたや」船の中にいた子供を自分の子供として育てます。 心躍るほど嬉しかったんでしょうね。着物をじゃんじゃん作って、くらが三つもできてしまったという お話です。

  さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2019年2月)

   2月になりました。寒さはもう少し、あと一か月の我慢。
3月になれば暖かい日差しがさしてきます。
あと少し、この寒さと雪景色を楽しみたいと思います。
   2月に入りましたが、お正月はいかがでしたか。 今思い返してみるとあっという間の出来事だった気がします。久しぶりに家族がそろって 昔昔の思い出話に花が咲きました。今思い出しても、思わず笑顔になります。
    さて、今月のむかーしむかしのお話は、「藤崎観音さん」「子供の好きな神様」 というお話です。


「藤崎観音さん

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  藤崎は糸魚川市と合併前、カニで有名な能生町藤崎区でした。この観音様を祀っている 藤崎の観音堂では1月15日裸胴上げが行われています。裸でふんどし一丁着けた 男衆が厄年の若者をみつけて、天井に向かって「サッシャゲ、サッシャゲ」と声を そろえて投げ上げます。男の人の数え年は、25、42、61歳ですが、ちょうど の人がいないと、適当な人をみつけて天井に投げ上げて厄を払います。

   さて、ここに祀られている観音様は霊験あらたかといわれ、住む人々の安全と 安心を見守ってくださっています。

 観音様はその時、その時に合わせて姿を変え、住民を見守ります。仏様って目には みえない洞察と、神秘な力があるんだなとつくづく思ってしまいます。

   

   さあ、お話を聞いて下さい。
 


   「子供の好きな神様」

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    子供の好きな神様は「まんが日本昔ばなし」に採用され、全国放映された作品です。 名立、平谷にある神社に伝わるお話です。
 子供ってかわいいですよね。天真爛漫、偽り、飾らず心に思うまま行動する。 「いいですね」昔昔子供のころに帰りたい気がします。

 私は、人生を重ねてきました。会社人生を終え、今74才。よく生き生活してきたと しみじみ思います。

 「子供の好きな神様」に登場する子供たちは74才の私からみると「孫」です。 遠い昔は学校もなかったし、勿論塾もなかったので子供たちは愉快に遊ぶことが 仕事だったのです。天気のいい日は隣近所の子供たちか゛神社の境内に集まって   「さて、どんな遊びをしようか」わくわく、心を躍らせます。 男の子も女の子もわくわく、心を躍らせます。男の子も女の子もちっちゃな子も、年長の 子もみんな一緒に遊び楽しみました。



   
   鬼ごっこ、石ころ遊び、かくれんぼ、走りっこ、いろいろあります。 神社の境内は子供たちのにぎやかな声であふれています。

   神様は境内で遊ぶ子供たちをみてとっても喜んでいました。 人のいない寂しい境内よりも子供たちの元気のいい声が行きかうのがうれしくって たまりません。
   喜んでいたのに勘助じいさんがやってきて、子供たちを叱ります。でもじいさんが 叱るのもわかります。子供たちはご神体を川で洗っていたから・・・・
   さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2019年1月)

   新年あけましておめでとうございます。今年も何事もなくいい年でありますよう、
お祈り申し上げます。
   新しい年を迎え今年こそはの目標をもたなければいけないといつも思うのですが、
あいまいにして何となく日を重ねてしまいます。
が今年渡しの立てた目標は、

 1.いつも通り日記を書く
 2.友達とおしゃべりをする
 3.気の合った友達と旅行に行く
 4.本を読むこと

といったところです。簡単な目標でたのしんでゆっくり充実した一年を過ごしたいと
思っています。
さて、今月のむかーしむかしのお話は「長者の初夢」「玉ノ木の八十八か所」です。




「長者の初夢


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   このお話、峠に2軒の御茶屋があって一軒の茶屋の主人は悪人でもう一軒の茶屋の主人は善人だというのです。
   悪人の茶屋の主人は人を泊めては殺し、財布の金をせしめていました。昔は現存のような警察があるわけではなく、 身元もはっきりしない状況で行方不明を追求することはできませんでした。 ということで悪事が繰り返されるのですが、いつか神様の目が  "ギョロリ"   悪事が暴かれる時がきます。


   人間生きていていいことばかりがある訳ではないけれど、正直に生きていきなさいとこのお話が語っているように思えます。

   さあ、お話を聞いてください。


「玉の木の八十八か所めぐり

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   八十八か所のお寺をすべてまねると願いがかなうといわれています。
現代においては従来の信仰に基づくものや来世・現世の利益を期待して巡礼を行う人が
大勢いるけれど近年、信仰的な発信よりも自分探しや仕事に疲れてのいやしとしての
巡礼者が増えているといわれます。ということもあつて一時減ったといわれるすべての札所を徒歩で巡礼する歩き遍路が増えているといわれます。
遍路をしながら自分をみつめなおし精神的に疲れている心の健康を取り戻す意味合いです。
   古代から都から遠く離れた四国は辺地(へじへぢ)と呼ばれていました。平安時代の頃には修験者の修業の道であり讃岐国に生まれた若き日の空海もその一人でした。
人間には88の煩悩があると考えられており、四国八十八か所を巡ることによって煩悩が消え願いが叶うといわれています。
  それにしても一番札所から八十八番札所までの距離は約1400kmあるといわれ、簡単な
気持ちで踏破するのは並大抵のことではありません。
この玉の木の八十八か所は上野教道尼という尼様が自分は毎年四国の霊場巡りをしているが村の人々にも信仰の喜びを味わってほしいと発願し七年の長い年月をかけて市振の観音山の尾根すじに八十八体の四国霊場と同じ仏様を安置しました。

  玉の木の八十八か所の話を聞いて下さい。きっと感動します。

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今月の民話(2018年12月)

     平成最後の12月になりました。今年の夏はいつもの年よりぐーんと暑く、いろんな災害が 発生しました。温暖化の影響なのかしら・・・・と思っています。
    今年、川に鮭が登る数が極端に少ないそうです。糸魚川では一番多くの鮭がほとんど遡上 していないと内水面の関係者が嘆いていました。雪の季節を迎えます。 ほどほどの雪であってほしいと思っています。

     さて、今月のむかーしむかしのお話は、「大町かんのん」「鬼けり岩と投げ岩」というお話です。

「大町かんのん

 

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  糸魚川市大町の観音堂にこのお話の大町かんのんが祀られています。このかんのん様は その姿を様々に変え町を守ってくれるありがたい観音様として町の人たちの信仰を集めています。
  例えば付近に家事が起きるとその姿を雷神に変え雨を降らし風向きを変えて非を止めたといわれます。   糸魚川は今から2年間、平成28年12月22日ラーメン店より出荷した火災はあっという間に飛び火を 繰り返し147棟を焼損しました。大町観音堂のすぐ横、農協に火が入り、道をはさんだ平安堂、 まるとも等が全焼したけれど観音堂は無事でした。
  そして、もうひとつ、糸魚川の本町通りは地元の奴奈川姫を加えて福神通りというのですが、この八福神 のおかれたところすべて家事にあいますが、この八福神のおかれた所すべて火事にあいませんでした。

   不思議でしょう!

     さあ、お話を聞いて下さい。

「鬼けり岩と投げ岩

 

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    このお話の舞台は親不知です。親不知は意味深い地名の通り、たくさんの昔話があります。
  昔、といっても明示16年まで本陸街道は海辺の道しかありませんでした。   海が荒れて高波の日が続くともちろん、通行ができません。屈強な男衆や、若者は高波 の押し寄せる波間を見計らって海辺の道を海辺の岩穴へと走り継ぎました。
女のか弱い脚で岩穴めがけて走り、波にさらわれた悲劇が幾つも語り継がれています。
   親不知の地名は親が子を子は親を観ることができないところから、親不知、子不知とつけられたといわれています。 加賀の殿様が参勤交代で江戸から加賀へ向かう人数は、2000任だったといわれています。 「今日は波が高い」といって親不知にとどまる訳にはいきません。近郷近在から屈強な若者が 700人程集められ、海に向かって7列の波よけ忍足が裸にふんどし一丁で並んだといわれ、その横を こしに乗った殿様が通られたといわれています。
   とにかく大変な苦難の道であった事が推察されます。

  さて、今日のお話「鬼けり岩と投げ岩」は、大国主命が出てくるのがステキです。なんで 出雲の大国主命が通りかかるのか少し不思議です。大国主命の登場は船だと思うからです。 奴奈川姫のラブロマンスのお相手、大国主命が鬼の嫁になろうとする綾姫を助けます。

   さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2018年11月)

秋も深まってきました。吹き抜ける風に冬の気配を感じるようになっています。
街路樹も紅葉の盛りを終えて冬支度。葉っぱを落とし始めています。
  糸魚川も平成28年12月22日におきた大火災から間もなく二年になります。 焼け野原だった本町通りに家が建ち、工事中の家もあったりして なんとはなし昔の光景がよみがえってきています。
  願わくばこの冬豪雪でありませんように程よく行きが降ってほしい と願っています。

   さて、今月のむかーしむかしのお話は、 「風波の盗賊」「薬師様の銭かけ松」というお話です。

「風波の盗賊

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   天下の険として知られる親不知に伝わるお話です。
村のはずれに風波川という川が流れてして、その上流の 小高い山の中に盗賊が住んでいました。親不知は北陸街道 沿いの村で行きかう人々の多いところでした。
  ということで、 ここには盗賊も寺の坊さん、商人、漁業、農業の人もいて 町は小さいながら活気に満ちていました。親不知《おやしらず》 返り点のつく町の名は珍しいと思います。そして、その名前には なんとはなし心引かれるものがあります。
   事件は風波で起きました。近くの大きな町糸魚川へ方向に出した娘が 4年ぶり父母のクラス親不知に里帰り。いそいそ坂道を登り始めた時、 自分の娘とは知らぬ盗賊の父親が自分の娘を斬りつけ、着物と金 を手に入れます。後で娘とわかり盗賊の父親は、動転します。
   因果応報の言葉が盗賊の心の中で渦巻き、悲しみの底へと落ち込みます。 悲しい結末になります。

   さあ、お話を聞いて下さい。

「薬師様の銭かけ松

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    小さかった頃、祭りの日を指折り数えて待ちました。
楽しみの少ない田舎では、祭りは「ハレの日」おいしいお持ちとごつそう。 神社の祭りがありました。神社には人が大勢集まり、綿あめやイカの しょう油焼、だんご売りの店が並びました。
   時には小屋が建てられ人形しばいや、こま回しの芸、へびを食べる といヘビ女が登場したりして賑わったものです。
    女の人はとっておきの着物を着、化粧をしていそいそと祭りに出かけ、 奮発して子供にもたんまり小遣いをくれ、久しぶりの買い物をして楽しみました。 一年に一度の祭りは若い男女の見合いの場でもありました。昔 は男の人と女の人が肩を並べて歩くこともできません。
    まして恋心を女の人が男の人に向かって告白することは考えられなかったことです。

   が、祭りの日は特別の日。若い娘と若い男が出会い、愛を告白するば でもあったのです。 日ごろの制約が取り払われ、自由な恋の告白ができたのです。 指折り数え、胸をときめかす、若い娘と若い男の恋の高まりが 祭りの中にあったのです。   昔もイキな計らいがあったものと、感心していしまいます。

   さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2018年10月)

経験したことのない暑い夏がすぎ、少し肌寒い風の吹く10月になりました。洋服はもちろん 長袖、少し暖かいものを身に着けたくなるこのごろです。

  それにしても今年は災害が多い年です。
7月は西日本豪雨災害が発生し、その後の復興もまだの9月6日北海道 で震度7という経験したことのない地震が発生し、山が崩れ 家屋が多数倒壊する惨事がたて続けにおきています。
  後20年あるかしらという自分の生涯を、何事もなく終わりたいと 願ってしまいます。

   さて、今月のむかーしむかしのお話は、「死人とめおと」「船賃の名号」というお話です。

「死人のめおと

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  10月は神無月といって日本中の神様は出雲に集まって人間の縁組 を決めなさるといわれます。
   それで出雲は神在月(かみありづき)で出雲以外の地は神無月となっています。
さて、出雲大社に集まった神様たちは木の札にそれぞれ 男女の名前を書き、相談してカップルを決めた後、 男女の札を結びつけて「縁結び」をしたといわれます。
考えてみると神様の支持があって夫婦が誕生し家をもち、 子供も授かったと思うと、何かしら不思議な神の力が 働いていたという・・・・・神秘的な気持ちになります。

   出雲では神在祭の時「神在餅(じんざいもち)」を作ってもてなしていました。 その「じんざい」が出雲弁でなまって「ずんざい」となり、
さらに「ぜんざい」となって京都に伝わったといわれています。
ぜんざい発祥の地が出雲であったとはご存知でしたか。

    さあ「死人とめろおと」を聞いて下さい。

「船賃の名号

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    1207年、親鸞聖人が越後居多ヶ浜へ念仏弾圧を受けて流罪と なります。「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも 極楽往生できるという法然の浄土教の教えは、民衆の間に浸透 し、朝廷や貴族の間にも熱心な信者が出始めると既存の宗教、 教祖が反発。折を見て弾圧をしようとします。
   そんな折り、往連房と安楽房が開いた念仏集会に御所の女房、鈴虫、 松虫が参加したことに朝廷が激怒。 念仏弾圧が発せられて親鸞聖人は越後居ヶ浜へ、法然上人は 四国土佐へ流されることになりました。
  この時、親鸞聖人は二人の弟子を連れて京都から流罪の地 越後居多ヶ浜に向かって旅をなされます。 その旅の途中、難所といわれる姫川にさしかかり、この「船賃 の名号」の逸話が生まれます。
   北陸街道を歩き越後に入っての難所は先ず、親不知です。 海辺の道が街道です。波の辛い時には波間を見計らって 岩穴から岩穴へと走りこまねばなりません。
  親鸞聖人が"さて"と困っていると、助け人が現われ、 無事難所を抜けて次は姫川ということです。

  ここでも親鸞聖人の人柄と、機転が船頭の心を解き、無事、 姫川を渡ることができました。

   さあ、船賃の名号のお話聞いて下さい。

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今月の民話(2018年9月)

  涼しい風の吹く9月になりました。夏の暑さから解放。過ごしやすい毎日がやってきました。 そして秋の果物が出揃う季節になりました。
柿・ぶどう・梨・りんご、思わずつをごくり! 食べ過ぎないようにしたいと思います。いい気になって食べていると"あれれ"体重計の 針がいつもよりオーバー!
   果物は甘いから太ってしまいます。

   さて、今月のむかーしむかしのお話は、「弘法様の井戸」と「上り岩」というお話です。

「弘法様の井戸

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   弘法様のもうひとつの名前は空海さんで、真言宗の開祖として名高いお坊さんです。
6月、空海さんの眠る高野山へ参拝に行ってきました。高野山1番のメインスポットは奥の院です。杉の太い木立が茂る道を奥の院へと歩きます。 入り口近くはずらっとならぶ墓地エリア。様々な企業の慰霊碑が目につきます。
   会社を象徴するゆーしーしー上島コーヒーのコーヒーカップを型どったお墓や、白ありの供養の墓もあり、"あれっ"と苦笑い。地元企業電気化学の墓もあると聞いて、急に墓のあり様が身近に感じられました。
   勿論、戦国武将の墓が沢山あります。豊臣秀吉、石田光成、明智光秀、織田信長・・・等徳川家康は別格で、徳川家霊台として立派な建物があり、拝料200円がかかります。 お墓の道をあちこち歩くのですが、これが不思議とあきません。
  是非高野山へお出かけください。

   弘法様の井戸のお話、聞いて下さいね!

「上り岩

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   信心深い人だから幸せになるのかしら・・・と少し考えさせられるお話です。
   糸魚川市能生は漁業と農業そして温泉とスキー、カニの町でもあります。
少々具沢山な町なのです。道の駅、マリンドリームではおなじみのベニズワイガニが漁師の人自らが打っています。通称カニヤ横丁といわれる小さな店舗が軒を並べたところで    "カニ買ってくんない"、"カニはいらんかね"、通るお客に威勢のいい声をかけむいたカニの足を一本味見に差し出します。
私は味見をしないことにしています。私の性格上味見してしまうと"買わなきゃいけない"という義務感が頭をもちげ本音はどうでもいいのについ買ってしまうからです。

   さて、この上り岩のお話、本当にあったことだよと畳2畳分ほどの多いわが能生小泊の海辺にあって、立て札に"上り岩"とあります。
  この上り岩の主人公、治助は信心深い男でした。仲間の漁師と一緒に海へ出て沖で網を広げていると急に黒い雲がモクモク出てきて海が荒れてきます。 治助が急いで網をあげていると網の中にバタバタはね上る金目鯛が入っていたのです。   治助は魚をすくい上げて逃がしてやります。
   さて、海に放された金目鯛は治助に感謝し恩返しをします。信心深い治助は金目鯛によって命が救われる・・・・ということです。

  さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2018年8月)

  暑~い夏がやってきました。じりじり照りつける太陽に陽の光がこんなに暑かったかしら・・・と 思わず空を見上げてしまいます。思わず空を見上げてしまいます。
  「災害は思わぬ時にやってくる」「天災は忘れた頃にやってくる」の言葉があるけれど、 7月6日から8日にかけて西日本を中心に降り続いた雨は「平成30年7月豪雨」と命名されました。
  あの雨の様はテレビでみていても目をつむりたくなる豪雨でした。被災者の皆さんは元気に暮らして おられるか気になります。災害に負けず前を向いて暮らして欲しいと念じています。


   さあ、今月の「むかーしむかし」のお話は 「いろこ茶屋」と「食わず嫁さ」というお話です。

「いろこ茶屋

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   昔昔犯罪が田舎の小さな町で行われてもわからずじまいで終わってしまうことが多々あったと思われます。
  このお話、峠に2軒の御茶屋があって一軒の茶屋の主人は悪人でもう一軒の茶屋の主人は善人だというのです。
   悪人の茶屋の主人は人を泊めては殺し、財布の金をせしめていました。昔は現存のような警察があるわけではなく、 身元もはっきりしない状況で行方不明を追求することはできませんでした。 ということで悪事が繰り返されるのですが、いつか神様の目が  "ギョロリ"   悪事が暴かれる時がきます。
   人間生きていていいことばかりがある訳ではないけれど、正直に生きていきなさいとこのお話が語っているように思えます。


   さあ、お話を聞いてください。

食わず嫁さ

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    食わず嫁さの題名を耳にするだけでお話の展開が想像されます。
食べ物が豊富にない昔、口べらしのために奉公に出たり外へ働きに行って家に残った者に少しでも多くの食べ物があたるように 気づかいました。
そうしなければ生活して行けない、生きて行けない状況があったのです。

  嫁をもらいたいけれど、少しの食べ物を嫁さにも与えてやらねばならない。嫁さは欲しいけれど物を食べられるのは困るのです。 といった状況の所へ「飯を食わない嫁がいるけど、もらわんか」と声がかかります。

   「嬉しい、働いてもらうのもありがたい、嫁さも欲しい」若者の心が躍ります。
でも嫁さの正体は人間ではなかった。というところにお話のおかしさと悲しさがあります。
    日本の食糧の自給率は年々下がって39%だそうです。食生活が大きく変わり、ごはんを食べる量が減り、肉や油の量が増えてきました。 地球温暖化や異常気象で十分な量の野菜、穀物がとれなくなってきています。
宴会や食事会があると"あら、勿体無い。"と声に出したい程の食べ残しがあります。
食べられるのに捨てられる食べ物を少なくしなければといつも思っています。
   「もったいない」の精神を一人一人がもつことだと思います。「もったいない」を意識して日ごろの生活を見直さなければと思っています。

  さあ、お話を聞いて下さい。

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今月の民話(2018年7月)

   7月は夏真っ盛り、日射しが強くて出している肌が黒く日焼けしてしまいます。 日焼けしてしまうと肌はなかなか白くなりません。
男性はともかく女性は日焼けは「何とかして防ぎたい」肌を露出しないで長袖にしたり、 日焼け止めを塗ったり、帽子をかぶったり、日傘をさしたり、気を使います。
   1年の内で1番暑い季節だから日焼けも仕方ないのかも知れませんね。

   さあ、今月の「むかーしむかし」のお話は 「波よけ観音」と「上刈りみかん」のお話です。

「波よけ観音

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   「親不知」全国の地名で返り点のつく地名は珍しいと思います。親不知というと先ず思い浮かぶのが天下の剣、難所で 有名ですね。
    北陸街道という立派な名のついた道なんですが、親不知は波間の道が街道だったのです。
   波の静かな日は何の用心もせず繰り返す波の情影に心地よさを感じ、海原の静かなたたずまいに 感動して歩いたにちがいありません。
    ところが悪天候となり、風が"ゴーーーーゥ"と吹き、高波がうねって海辺に押し寄せ、道を急ぐ人々は波の 合間を見計らって岩穴へと走ります。
    そんな道を懐に赤子を入れた女性が通り抜けようとします。 高い波に足をとられ、懐の赤子が波にさらわれてしまいます。女は泣きながら観音経を読み"わが子を返して下され"と念じます。

   さあ、どうなったでしょう! お話を聞いてください。

「上刈りみかん

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     昔から糸魚川に北限のみかんといわれる上刈りみかんの木がありました。
    小さくってすっぱくて種がいっぱいある上刈りみかんはかつて1000本もあって、おっ母さ達の冬稼ぎとして売られました。
    小さくってすっぱくて種がいっぱいある上刈りみかんは縁起がいいと珍重され、お正月の鏡餅の上に必ずのせられました。
種がいっぱいある所がよかったのです。種がいっぱいあるので「お金が貯まる。子宝に恵まれる」とかけて、上刈りみかんを   縁起物として珍重したのです。

    かつて1000本もあった上刈りみかんは原木が現在3本しかありません。
    大正2年北陸線が開通し、静岡や和歌山から大きくって甘い温州みかんが木箱に入って市場で売られるようになり、小さくって すっぱくて種のある上刈りみかんは急速にすたれて行きました。そして上刈りみかんは冬場のまがけというわらを木にまいて雪害 から守る作業が大変でみかんを作る人達からも敬遠されて行ったのです。

   上刈りみかんはかつて本町通りの雁木の下で売られました。むしろを敷いて座り「上刈りみかんいらんかね」「上刈りみかんかってくんない」 と声をかけ一升枡で計って得る光景は糸魚川の風物詩といわれました。


    さて、上刈りみかんのお話聞いて下さい。

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今月の民話(2018年6月)

  最近、季節の移り変わりの早いことに"えっ"と目を見張っています。 ついこの前桜が咲いてスイセンが咲き、ツツジが満開になった と思ったらもう梅雨。あじさいが花の球の準備に入っています。 長い梅雨は嫌だけど適量雨が降ってほしいなと願っています。

   さあ、今月のむかーしむかしのお話は 「ばかむこ」と「稚児が池」のお話です。

ばかむこ

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     ばかむこの話のタイトルをみて"あれっ"これ差別用語かな? と現在問題視されているセクシャル・ハラスメント(セクハラ) になるのかななんて思ってしまいますが、バカは差別用語では ないそうです。

   ばか・・・・少し頭脳の薄い人をさすのですが、 こういった人、私の周辺にも何人かいます。でもそんな人たちはある 事にきわめて高い知識をもっている人が多くいます。
     私の友人のAさんはのろまなのですが、将棋をさすといつものA さんとはうって変わり、頭脳めいせき、素晴らしい!
    「入賞した」と教えてくれるAさんはいつもの小心者のAさんではなく 自信あふれる態度であり言葉であることにびっくりしてしまいます。

     そしてこれがAさんのもうひとつの姿であることに不思議な 感動を覚えます。

   このばかむこの話もちょっと微笑ましい感動があり、"ほっ"とします。
人のいい疑うことを知らない純真な心に"成程"と共感してしまいます。

     さあ、お話を聞いてください。

稚児が池

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    古事記にも登場する奴奈川姫はそれは美しくうるわしい美人だった のでそのうわさは大国主命の住む出雲へも伝わったといわれます。
   当時糸魚川は高志の国といわれ、奴奈川姫は女首長であったといわれます。 姫川には透き通るみどりの石、ヒスイがとれ、人々はそれをまが 玉やくだ玉、耳飾り等に加工していたのですが、一番は神様を 降神する呪具としてヒスイが珍重されたといわれます。
女首長の奴奈川姫は巫女王であったという説があります。
出雲の国を治める大国主命にはスセリ姫という正妻がいたのですが、 あちこちら女を作っていたようです。

    奴奈川姫のもとに大国主の命がはるばる出雲から美しくうるわしいという 噂を聞いてやってくるのですが、大国主命には奴奈川姫を手に入れる よりもヒスイに心を奪われ、玉を支配したいという下心があった ようです。
    ヒスイは当時霊玉ともいわれ、糸魚川のヒスイはあの時代、 北海道から沖縄まで運ばれていたというのです。
通信手段の発達していない古代、情報はどうやって伝えられた のか、運搬の方法はどうだったのか・・・・疑問だらけです。

   奴奈川姫を自分の妻にと決めていた土地の神と大国主命は争いになり とびくらべで勝負をつけることになります。 馬にのった土地の神と牛にのった大国主命と駒ケ岳の頂上から さあ勝負!

     お話を聞いて下さい。

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